RADWIMPS:気まぐれ雲『最後に集められた街』歌詞の意味は?

2019年1月26日公開、

映画『デイアンドナイト』の主題歌

「気まぐれ雲」

 

RADWIMPSが作詞作曲された新曲であり、

その曲を映画のヒロインである

清原果耶さんが歌うことで注目されています。

 

映画『デイアンドナイト』は

「人間の善と悪」をテーマにした、

完全オリジナル作品となる本作です。

 

映画の主題歌をオファーされたRADWIMPSの

野田洋次郎さんは、

「主題歌を歌うのはヒロインである清原果耶さんが

良いのではないか?」

と大抜擢。

 

天才と呼ばれる野田洋次郎さんの世界観を

清原果耶さんは見事に表現されています!

 

その歌詞中には、

『最後に集められた街』

という表現がされていました。

 

いったいこの歌詞にはどんな意味が

込められているのでしょうか?

 

今回は、RADWIMPSさんが作詞作曲した

「気まぐれ雲」の歌詞、

『最後に集められた街』の意味について解釈を

していきたいと思います。

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RADWIMPS/清原果耶「気まぐれ雲」

こちらは、現在公開されている

RADWIMPS「気まぐれ雲」清原果耶Vo,

の動画です。

 

フルバージョンが公開され次第

変更いたします。

RADWIMPS「気まぐれ雲」の歌詞は?

RADWIMPSの「気まぐれ雲」の歌詞ですが、

現在公開されている部分のみの歌詞となります。

 

フルバージョンが公開され次第

追記していきます。

大嫌いな月曜日

そう呟いてふと気付かされる

それってもう私よりは

必要とされる月曜日

 

二度と見返されない

写真や聞かれることない歌

二度と思い出されることのない

記憶や人達

 

そんな忘られ者たちが

最後に集められた街

そこがもしもこの星だとしたら

 

見透かしたように空は晴れ渡り

私を1人にする

土砂降りの心に

ちょうどいい天気はくれない

 

この皮膚隔てた世界

ビルの隙間から

浮雲がこの姿を見下ろしては

私は変わりもせず

君の顔の輪郭をそこに探してるよ

気まぐれ雲『最後に集められた街』歌詞の解釈

「気まぐれ雲」の歌詞中に存在する

表現の一つに『最後に集められた街』

というワードがあります。

 

そのキーワードの前後にはこう書かれています。

 

  • 『二度と見返されない写真や聞かれることない歌』

  • 『二度と思い出されることのない記憶や人達』

 

これらが意味するものは

『思い出』です。

 

  • 『そんな忘られ者たちが最後に集められた街』

 

つまり『街』とは『脳』のことを

指しているように思えます。

 

  • 『そこがもしもこの星だとしたら見透かしたように空は晴れ渡り私を1人にする』

  • 『土砂降りの心にちょうどいい天気はくれない』

 

この星とは『自分』のこと。

 

つまり、

『最後に集められた街』とは

自分のあたま(脳)のことで、

『楽しかった思い出や出来事も

いずれは時の流れにより忘れてしまうものである』

 

そんな切ない詩のように聞こえました。

 

 

こちらは、ボクの見解による解釈ですので、

ほかに「こういう意味に聞こえる」

などありましたら

ぜひコメントで教えてください!

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最後に

今回はRADWIMPSが作詞作曲された新曲

「気まぐれ雲」の歌詞「最後に集められた街」の

意味について解釈をしていきました。

 

RADWIMPSが作る世界観はとても美しく

独創的ですよね!

 

ボクが詩で感じるものと

違った捉え方をされた人も多いかと思います。

 

もしお時間がありましたら

コメントにて教えていただけると参考になります!

 

それでは!

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