【松橋事件】齊藤弁護士が冤罪事件を無罪に!現在はどうなった?

1985年1月8日、ある殺人事件によって一つの冤罪が生まれた。

 

松橋事件である。

 

この事件で容疑をかけられた宮田浩喜さんは冤罪により人生を奪われました。

 

今回は、この松橋事件から無罪を勝ち取る99.9%の壁に挑んだ齊藤弁護士について紹介していきます。

 

【松橋事件】宮田浩喜の無実の訴えを否定したT弁護士とは?

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松橋事件について

1985年1月8日、熊本県松橋町で男性が自宅で首などを刃物のようなもので刺された姿で発見された。

 

推定死亡時期が1月4日~6日の間とされ、5日の夜に被害者の自宅で口論していた宮田浩喜さん(当時51歳)が疑われた。

 

警察は宮田浩喜さんの自宅周辺を監視し、8日~20日の間、任意であるにも関わらず、宮田さんが断った日も自宅に押し寄せ取り調べが行われていた。

 

長時間の厳しい取り調べに耐えきれなくなった宮田さんは「否認のまま逮捕してくれ」と自白し20日に逮捕される。

 

この自白をもとに1986年12月22日に懲役13年の有罪判決が言い渡された。

齊藤弁護士ってだれ?

宮田浩喜さんの弁護士として派遣された人物こそが「齊藤誠」弁護士である。

 

齊藤弁護士は宮田さんと面会した際に無実を訴えていたと語り、捜査資料を見直した。

 

被害者と口論となった後、宮田さんは一度帰宅したが怒りを抑えられず刃渡り約11cmの小刀を持ち出し、シャツを左手にくくりつけ殺害し、シャツは燃やしたと証言。

 

しかし、遺体から飛び散った血が宮田さんの衣類や凶器とされている小刀に血液反応がないことに疑問に思い、冤罪であることに気づき、事件について調べ始めた。

 

齊藤弁護士は「庶民の味方になりたい」と弁護士になり、人情派弁護士としても知られています。

 

冤罪により、見に覚えのない罪を被せられた宮田さんを放っておくことは出来なかったのでしょう。

 

ここから齊藤弁護士は無罪を勝ち取るまで、30年にも及ぶ人生をかけた壮絶な戦いが始まります。

齊藤弁護士が松橋事件の無罪を勝ち取るまで…

宮田さんを取り調べた警察について調べると「通潤橋殺人事件」という事件の取り調べを行った警察だとわかった。

 

この事件は昭和60年に起きた事件で捜査を担当した警察官は取り調べを強要していたようだ。

 

警察への疑惑を感じながらも判決を覆す時間が足りず、1990年1月26日に宮田さんは懲役13年の形が確定してしまう。

 

それから、協力してくれる弁護士を募り弁護団を結成する。

 

弁護士は判決をひっくり返すために明確な証拠を探し始めた。

 

熊本県に何度も足を運んでは事件の関係者などに聞き込みをしたそうだ。

 

なお、30年間でかかった費用はすべて齊藤弁護士の自費で払い、宮田浩喜さんには一切お金を請求していない。

 

聞き込みをしていくうちに、強要された自白と事件の真相に食い違いがあることに気づく。

 

しかし、裁判官を納得させる決定打にはならず、1999年7月22日に宮田さんは出所した。

 

それでもなお、齊藤弁護士は宮田さんの殺人犯の濡れ衣を晴らしたいと、捜査を続けた。

 

宮田さんの出所から6年が経過。齊藤弁護士は法医学者と共に事件の再現をするとおかしな点を見つける。

 

強力な新証拠が見つかったことで、2016年6月30日、熊本地裁が再審開始を決定した。

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最後に

いかがだったでしょうか?

 

冤罪事件により人生を奪われた宮田浩喜さんと齊藤弁護士の戦いは、わかりえないものだと思います。

 

いつか冤罪がなくなる世の中になってくれることを心より願っています。

 

それでは。

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